
出典 画像 松下政経塾
目次
1 今日のパワーメンターと著書

今日は、オザビエル(私)が、
パナソニック(旧松下電器産業)グループ創業者、
PHP研究所創設者
松下幸之助(まつした こうのすけ)さんの述書
『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』から学んだ
人間として成長し成功する
「パワーフレーズ」をお届けします。
2 正しさを貫く

戦術・戦略も大事。
しかしそれ以上に、何が正しいかということを忘れてはならない。
そうでなければ大事は決行できないものだ。

出典 画像 松下政経塾
3 一番素直な人は太閤秀吉やと思うな

ぼくはね、じっと考えてみたら、
一番素直な人は太閤秀吉やと思うな。
あの人は、非常に権謀術策を弄するような人だったと書いてあるけれど、一番素直な人が秀吉や。
われわれが今、「素直な心になりましょう」と言うて
標榜しているやろ。
その素直な心を、誰よりも強いものを持っとるのや、秀吉は。
だから意見が出るわけや。
真実がわかる、実相がわかるから、それを表現するわけや。
その一つの証拠はな、彼が中国地方で、大将として毛利軍と対峙してたやろ、知ってるかいな、みんな。
そのとき京都で信長が殺されたわけやな。
そのときの道徳というものは、主人の敵とか、親の敵という者は倶に天を戴かんのや(不倶戴天)。
同じようにお日さんを戴いたらいかんと。
それが当時の道徳だったわけや。
不倶戴天の父の敵と、こう言うやろ。
倶に天を戴かずと。
相手を倒すか自分が死ぬか、同じ日のもとに生きていることは許されんというのが、当時の道徳だったやったわけや。
その道徳に一番従ったんは秀吉やな。
信長は光秀に殺されたよろ。
そのときに一番早く駆けつけて光秀をやっつけたのが秀吉やからな。
秀吉は備中におったけども、信長が殺された京都の周囲には、近畿には、ほかの家来がたくさんおったわけや。
信長の長男は信長と一緒に死んだけども、二男や三男はおったわけや。
誰もすぐに駆けつけて敵を討とうとしなかった。
みな形勢を観望しとったわけやな。
ところが秀吉は、形勢を観望しなかったわけや。
倶に天を戴かずやから、一時でも一秒でも早く、
わしが死ぬか相手を倒すか、やらないといかんと。
それがその当時の道徳やから。
そやから、夜を日に継いで京都に駆けつけて、
他の諸将に相談せんと、自分単独でやってしもうたんや。
4 当時の道徳に一番忠実に従ったのは秀吉や

これほど、ぼくははっきりしたことはないと思うんや。
不倶戴天ということを一番忠実にやったのは秀吉や。
負けるか勝つかわからんと。
勝つか負けるかということよりも大事なことは、
倶に生きていることはいかんと。
わしが死ぬか、光秀が死ぬか、どっちかやと。
ほかの息子やとか忠臣は、そばにおっても形勢を観望しとったわけや。
で、秀吉は誰にも相談せんと、自分の手勢で駆けつけてやっつけてしもうたんや。
だから一番素直やった秀吉に運命が転がり込んできたのは当たり前やと思うな。
あれは、「しめた」と言うて喜んだとか言うてるけども、
あんなことは、頭の中で勝手に考えられたことや。
きわめて簡単や。
当時の道徳に、一番忠実に従ったのは秀吉や。
形勢観望なんかしなかったわけや。
そこが非常に大事なところやな。
そういうことがひらめかないといかん。
戦略とか戦術とか、そういうもの以上に、
そのときの道徳に従うということ、これが大事やな。
何が正しいかということによって、決行したわけや。
勝ったらええなとか、負けたら困るなとか、
そんなことはもう余計なことや。
勝ってもよし負けてもよし、やるべきことはやるということや。
そういう諦めがつかんと、大事は決行でけへんな。
(1980年8月26日)
5 オザビエルの願い

不倶戴天の意味や使い方がよくわかりました。
素直な心に従うことが大切であり、大事が決行でき、運が転がり込んでくるようです。
松下幸之助塾主がおっしゃった、「何が正しいか」ということを忘れず、素直な心を養い高め、
人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献されることを、
願っています。
出典 『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』 松下幸之助(まつした こうのすけ)述書 松下政経塾(まつしたせいけいじゅく)編 発行所 株式会社PHP研究所
