
目次
1 今日のパワーメンターと著書

今日は、オザビエル(私)が、
霊能者
木村 藤子(きむら ふじこ)さんの著書
『幸せになるための「気づき」の法則』から学んだ
幸せの道へと一歩ふみ出す
「パワーフレーズ」をお届けします。
2 「人間は死んだら終わり」というあの世の知識不足

こんな相談ケースがありました。
父親をがんで亡くした人の話です。
その人は長男で、親の葬式をすませた後で、
父親が定年退職まで勤めていたので、貯金があるかと思って、
貯金通帳やタンス貯金がないか、家の中をあちこち探し回ったそうです。
ところが、通帳には数百円しか残っておらず、
どこにも現金は置いていなかった。
父親は、がんとわかる前からお金使いも激しかったうえ、
がんになると「どうせ死ぬなら、自由にして死にたい」と自分のことしか考えず、家族への配慮もせずに旅行三昧、遊び三昧でお金を使い果たし、
おまけに借金まで残して、この世を去ったというのです。
この例にあげた父親は、残された家族に対する理解不足と同時に、
「人間は死んだら終わり」というあの世の理解不足もありました。
この考え方が、気づきのチャンスを逃してしまう原因の1つです。
なぜなら、困った時や病気、死に直面することは、気づくための機会だからです。
病気になって初めて、心の中で学ぶことが必ずあるはずで、
死を迎える直前までに気づけることもあるのです。
たとえそれがどんなに苦しくても、その苦しみはあなただけしか直せない。
苦しみは、カルマがあなた本人に気づいてほしいと痛切に訴えている叫び声でもあるのです。
思うようにならない困難な状況や苦しみ、死ぬほどのもがきの中でこそ、
カルマを乗り越え、新たな旅立ちができる、
つまり、カルマからの脱出ができる。
言い換えれば、病気や死などに対する理解を深めることも知識であり、
そこでいかに心を軽くしていくか、カルマを乗り越えられるかどうか、というその人にとっての試練でもあるのです。
ですから、苦しいからと目の前の現実に、目を背けて逃げたり、
自分の不足を直そうとしない、覚ろうとしなければ、
気づけずにカルマからの脱出ができないままになってしまうのです。
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3 スピリットはこの世で終わるのではなく、死後も生き続けます

スピリット(精神・魂)はこの世で終わるのではなく、死後も生き続けます。
この理を理解すると、死に対しても寂しくも悲しくもなく、
前向きな考えができます。
亡くなると、もうその肉体に魂は宿っていません。
ですが、ご遺体は生きている人にとっては大切な人の一つの面影であり、
慣れあいの情となって、別れの悲しみが深まります。
しかし、そこは魂の居場所ではありません。
魂(スピリット)はすでに肉体から浮上しているので、
抜け殻であるご遺体は物体に過ぎないのです。
要するに、私たち人間は、この世で生き続ける限り、
スピリットの欠点としての、悪いカルマを解消するために、
肉体を離れる瞬間まで学び、気づくために、
自分自身と向かい合っていかなければならないということです。
スピリットについて、私はよく「球」に例えて話すことがあります。
その球にコケのような汚れが生えている、と想像してください。
そのコケが悪いカルマだとすると、
コケの部分は自分の愚かさ、至らなさ、気づいていない欠点、短所。
それに気づいて、改めていくことで、びっしりと生えていたコケも、
はがれおち、球の輝きが増していくのです。
お月さまを想像してみるのもいいかもしれません。
お月さまに陰がかかっているとします。
やがて、その陰が取れて輝きを増していく。
それは、まさに鏡のように光を放っています。
その丸い鏡のような光が、周りの星を照らし出すように、
私たち一人ひとりが家庭や社会の中で、心の豆電球の灯りを放っていく。
そして、その光に触れて、幸せになれるわが子、夫や妻、対人関係etc…
と広がるように。
それが、スピリットの旅の途中にいる、現世ロードの目的なのです。
4 オザビエルの願い

今日の学びは、
- スピリット(精神・魂)はこの世で終わるのではなく、死後も生き続ける。
- 現世ロードの目的は、心の豆電球の灯りを放ち、その光に触れて、わが子、夫や妻、対人関係etc……と幸せが広がるようにすること。
さあ、お月さまにかかっている陰を取って、自分の輝きが増すようにしていきましょう。
そして、鏡のように光を放って、周りの人を幸せにしていきましょう。
出典 『幸せになるための「気づき」の法則』 木村 藤子(きむら ふじこ) 発行所 学研パブリッシング 画像はヤフー検索から

