
目次
1 今日のパワーメンターと著書

今日は、オザビエル(私)が、
英国生まれの作家、ジャーナリスト、投資家
11歳で米国に移住。ブリンストン大学卒業
マックス・ギュンターさんの著書
『ツキの方程式━━人生は思いがけず変化する』から学んだ
目の前の幸運をけっして逃さない
「パワーフレーズ」をお届けします。
2 神を信じる人の「運」についての考え方

世の中には神を信じる人もいれば、信じない人もいる。
どうすべきか態度を決めかねている人もいる。
また、神を信じる人であっても、その信じ方は一様ではない。
神とはどういうもので、地上の人間とどう関わっているのか━━
これについては、何百何千という意見が存在する。
ただ、神を信じる人の「運」についての考え方は、
だいたい次の2種類だと考えていいだろう。
その一つは、
「我々を創造したのは神であり、神は我々人間全般の幸福に関心を持つ。しかし、一人ひとりの人生の細かい部分にまで立ち入ろうとはしない」
という考え方だ。
神は人間全般を愛してはいるけれど、
あなたや私の人生がどうなるかにまでは関心を持たない、
というのである。
この考え方だと我々は皆、
自力で、自分の人生に立ち向かわねばならないことになる。
運を良くするのも、悪くするのも、自分次第。
自分の道、自分の運命は自分が決めるもの、ということだ。
神は手助けもしなければ、邪魔をすることもない。
もう一つは、
「神は一人ひとりの人間の人生に関心を持つ」
という考え方である。
おそらく神を信じる人の大半が、こちらの考え方だろう。
神は、何らかの目的を持って、我々一人ひとりを地上に送り込んだ。
そして、その目的が達せられるよう、
一人ひとりの人生を逐一操作している、というのだ。
神はどの人についても、誕生した時点で、
「地上でどんなことをさせるか」
を決めている。
その人の運命がどうなるかは、あらかじめ決まっているということだ。
人生に何が起ころうと、それはすべて神が最初に計画した通りである。
つまり「運の良し悪し」は、神の意志、計画で決まる。
神の御心のまま、ということだ。
運について語るときは、この考え方に基づいて話す人が、
実は一番多いかもしれない。

3 「運は神の意志である」

神と人間の関係については、これまでに無数の人々が語っているので、
ここで私が、改めて語るつもりはない。
何しろ、このテーマで書かれた本は何万冊にも上ると言われているのだ。
その中でも、突出した存在が聖書である。
「運は神の意志である」ということが、聖書の中で多くの言葉を費やして語られるわけではない。
ただ聖書をよく読んでいれば、要するにそういうことが書かれているとわかる。
人間に起きることは、良いことであれ、悪いことであれ、
愛情に満ちた、全能の神の手によって引き起こされたもの、と言っているのだ。
同じことを語ろうとして人は、今まで無数にいたが、聖書よりもうまく語られたことはない。
自分に信じられないような幸運が起こったとき、
不思議な出来事が続いたとき、
人は、合理的な説明を求めようとする。
ある人は、超能力に根拠を求め、
またある人は、※シンクロニシティ理論を信じるだろう。
同様に「神の意志」にそれを求める人がいても、全く不思議ではない。
もともと、信仰にあつい人ならなおさらだし、
逆に、不思議な出来事が「神を信じる」きっかけとなった人も多いだろう。
※ 因果関係のない2つの出来事が、偶然とは思えない形で同時に起きること
私は「運は神の意志である」と信じている人にたくさん会い、
インタビューしてきた。
しかし、残念ながら説得力のある説明は得られず、
わざわざ「神」を持ち出さなくてもよいものがほとんどだった。
4 オザビエルの願い

今日の学びは、
- 神を信じる人の「運」についての考え方は、だいたい次の2種類。
- その一つは、「我々を創造したのは神であり、神は我々人間全般の幸福に関心を持つ。しかし、一人ひとりの人生の細かい部分にまで立ち入ろうとはしない」
- この考え方だと、自力で、自分の人生に立ち向かわねばならないことになる。
- もう一つは、「神は一人ひとりの人間の人生に関心を持つ」
- つまり「運の良し悪し」は、神の意志、計画で決まる。
「運は神の意志である」ということを信じています。
一生懸命努力したご褒美として、
わが家にも、奇跡的なプレゼントをくださいました。
本当に感謝しかありません。
出典 『ツキの方程式━━人生は思いがけず変化する』 マックス・ギュンター 訳者 夏目 大(なつめ だい) 発行所 パンローリング株式会社 画像はヤフー検索から

 
  
  
  
  
