

今日は、オザビエル(私)が、
予知能力者
松原 照子(まつばら てるこ)さんの著書
『聞いてビックリ「あの世」の仕組み』から
実践していきたい 「幸齢者mind」をお届けします。
目次
1 肉体との別れの後のこと

肉体との別れの後のことを、不思議な世界の方に教えていただきました。
※ 「不思議な世界の方々」とは、私が物心ついたころからそばにいてくださる私にか見えない方々。声だけ聞こえていたり、映像や言葉だけで教えていただいたりしたもの。
「肉体が機能停止した後、しばらくの間意識は肉体のそばで過ごします。
人によって数分から数日間と時間差はありますが、
やがて肉体との別れを感じ取り、次に進むことを理解します」
家や病院などで最期を迎えたときに、
亡くなられた直後は、まだその方がすぐそばにいる
ような感じを受けるといった話をよく聞きますが、
肉体を離れた意識が近くにいるから、そのように感じるのでしょう。
肉体とともに過ごす時間は、早い人で数分、長くいる人でも7日ほど、
だということです。
昔の人は、もっと長い時間を肉体のそばで過ごしていましたが、
最近では肉体への執着が薄れたことや、すぐに火葬してしまうなど、
遺体の処理が早いために、あまり長い時間いることはなくなりました。
肉体が、事故などで悲惨な状態になる場合もあります。
その際は一滴の血の匂いに自らの面影を見つけて、
その場にとどまるようです。
殺害などにより、非業の死を遂げた場合は、
肉体の死をいち早く察知して、
殺害者に取り憑き、かなり長い時間を過ごす人もいるようです。
または、あの世に行って、殺害者が来るのを待ち受けている人もいるとのことです。
自ら命を絶った人の場合、肉体への申し訳のなさからなのか、
肉体のそばにいて最期のときを過ごすことなく、
少し離れたところから自分の肉体を見ているようです。
2 肉体のそばにいるときは、肉体があったときと同じ感覚

現代は、医療技術の発達により、
死を自覚するまでの時間があいまいになりつつあります。
麻酔で眠らされていたり、
生命維持装置によって肉体を活かされていたりする場合など、
肉体の限界が来ていて機能不全に陥っているのか、眠っているだけなのかの判断がつきづらくなっているのです。
肉体の死を自覚できない意識は、
長い時間、中途半端なまま肉体のそばにとどまり続けます。
例外はあります。
生に対して異常なまでに執着していて、
この世に強く思いを残している場合です。
意識は次に進むことを拒み、たとえ肉体がないとわかっていても、
この世にとどまり続けようとしています。
異常なまでに強い思いに支配された意識は、この世をさまよい続け、
時には人々や自然に影響を及ぼします。
これが怨念という存在です。
昔の人はこの異常なまで強い思いを鎮めるために、
さまざまな鎮魂をしてきましたが、
最近は、そこまで強く思いを残す人は少なくなっている要です。
肉体のそばにいるときは、まだ肉体があったときと同じ感覚があります。
少しずつ、その感覚は薄れていき、
それとともに次に進むことを理解します。
肉体との別れを感じ取り、進む決心ができるのが、合図を見たときです。
3 今日の金言 松原 照子(まつばら てるこ)
生への異常なまでの執着は怨念という存在となり、この世にとどまり続けることもある。

肉体が機能停止した後、意識は肉体のそばで過ごすようです。
- 早い人で数分、長くいる人でも7日ほど。
- 肉体のそばにいるときは、まだ肉体があったときと同じ感覚。
- 肉体との別れを感じ取り、進む決心ができるのが、合図を見たとき。
誰しも、この世に強く思いは残りますが、
家族や周りの人に感謝して、数分で、次の世界に行きたいものです。
どんな行き方になるにしても、
少しずつ、少しずつ心の準備をしていきたいと思います。