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帝国主義と条約改正をわかりやすく解説します。
目次
1 帝国主義(ていこくしゅぎ)
19世紀後半には、近代化の動きが欧米諸国に広がり、国民を主体とする近代国家を形成していった。
特に、イギリス、フランス、アメリカ、ドイツ、ロシアなどの国々は、軍事力や経済力など他の国々をまさるようになり、列強とよばれるようになった。
列強は、資源や市場を求めて、アジアやアフリカ、太平洋の島々に進出して、植民地とした。
2 条約改正の実現 = 欧米と対等な地位を得るために
1858年 日米修好通商条約を結んだ。= 不平等な条約
-
領事裁判権を認める = 外国人が日本でおこした犯罪を日本の裁判所で裁くことができない
-
関税自主権がない = 関税率を自由に定められない → 安い外国製品が日本に入ってくる
1883年 政府は、鹿鳴館(ろくめいかん)で舞踏会を開き、欧化(おうか)政策をとった。
→ 西欧文明を十分に身につけた国であることを示そうとした。

1886年 イギリスの貨物船ノルマントン号事件がおきた。→「船長は無罪」→ 再審で「船長は有罪,禁錮3か月。賠償金なし」

嵐のイラスト

ノルマントン号事件 紀州沖でおこった海難事件。同年10月24日,イギリスの貨物船ノルマントン号が難破したとき,船長ドレーク以下のイギリス船員26人は救命ボートに乗りうつって救助されたが,日本人乗客25人は船中にのこされ水死した。 出典 「キッズネット Gakken」から
ドレーク船長が「日本人に脱出をさせようとしたが、誰も英語を理解できない上に日本語を話せる乗船者がいなかったので仕方なかった」と述べたことを認められたので、全員無罪と下されました。 出典 「ノルマントン号事件とは」 日本史事典 .com から
→ 国民の間には、条約改正の要求が高まった。
1894年 外務大臣陸奥宗光は、領事裁判権の撤廃に成功した(日英通商航海条約)。

1911年 外務大臣小村寿太郎は、関税自主権の回復に成功した(日米通商航海条約)。

⇒ 欧米諸国と肩を並べる国となった。
= 憲法に基づく議会政治を始め、国内法制を整備し、産業化をおし進めたため
= 近代化の実績が認められた。

さあ、基礎・基本の用語をしっかり覚えましょう。
◎ 基礎・基本の用語
〇 領事裁判権(りょうじさいばんけん)を認める - 外国人を外国の領事が裁判を行う〇 関税自主権(かんぜいじしゅけん)がない - 関税を独自に定める権利がない
〇 鹿鳴館(ろくめいかん)- 舞踏会を開いた 上手に踊らないとぶとうかい !?
〇 陸奥宗光(むつむねみつ)- 領事裁判権を撤廃(てっぱい)
〇 小村寿太郎(こむらじゅたろう)- 関税自主権を回復
A 10 B 20 C 30 D 40
☆ ふり返り
◇ ①~⑤に当てはまる言葉を答えなさい。1858年 日米修好通商条約を結んだ。= 不平等な条約
-
(①)を認める= 外国人が日本でおこした犯罪を日本の裁判所で裁くことができない
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(②)がない= 関税率を自由に定められない → 安い外国製品が日本に入ってくる
1883年 政府は、(③)で舞踏会を開き、欧化(おうか)政策をとった。
1894年 外務大臣(④)は、領事裁判権の撤廃に成功した(日英通商航海条約)。
1911年 外務大臣(⑤)は、関税自主権の回復に成功した(日米通商航海条約)。
💮 答え
① 領事裁判権(りょうじさいばんけん)を認める = 治外法権を認める
② 関税自主権(かんぜいじしゅけん)がない
③ 鹿鳴館(ろくめいかん)
④ 陸奥宗光(むつむねみつ)
⑤ 小村寿太郎(こむらじゅたろう)
👉条約改正交渉は,岩倉使節団から始まり,日米通商航海条約の締結による税権回復に至るまでの〇〇年間の長い期間にわたる事業でした。〇〇に当てはまる数字を次から選びなさい。

条約改正交渉は,40年間の長い期間にわたる事業でした。これで基礎学力バッチリです。