
目次
1 今日のパワーメンターと著書

今日は、オザビエル(私)が、
霊能者
木村 藤子(きむら ふじこ)さんの著書
『「気づき」の幸せ』から学んだ
幸せへの道のりを進める
「パワーフレーズ」をお届けします。
2 「神の片腕として使うためである」
「藤子、聞いてほしいことがあるんだけど、いい?」
いつもは明るい母が、険しい顔で私を呼び止めました。
何かを決意したような表情でした。
私の様子がどこか変わったことを、霊能者である母は敏感に察知した、
いえ、透視したのだと、すぐに分かりました。
「なあに、お母さん」
私は、努めて無邪気に言いました。
「お前の結婚を、神様に尋ねたんだけどね、
そしたら、神様に言われたんだよ」
私は、黙って聞いていました。
すると、母は、神様から次のように言われたというのです。
「藤子をこの世に出したのは、神の片腕として使うためである。
気の毒だが、藤子の人生は、藤子の思うようにはならないんだよ」
そして、私が生まれたときからのことを話し始めました。
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3 「この子は神が育てるので、心配しなくてよい」
私は昭和22(1947)年、青森県田名部(現むつ市)で生まれました。
8人きょうだいの末っ子です。
私の上に7人の子どもがいて、しかも母はとうに40歳を過ぎていました。
ですから、率直に言えば、この妊娠は望まれない妊娠だったのです。
産もうか産むまいか、母はさんざん迷ったようです。
迷った末に、母は神様におうかがいを立てました。
私の母、はるは地元ではよく知られた霊能者でした。
神様から特別な力=ご利益を授かっていた訳です。
地域の人々の悩み事の相談にのって、信頼を得ていました。
そんな母が、自分や娘のことになると、悩み、苦しみ、一人の女になって神様におうかがいを立てたというのも、ほほえましい気がします。
そのとき、神様は母に言ったそうです。
「何も案ずることはない。母体のために予定より早く出産させるが、
この子は神が育てるので、心配しなくてよい」
実際に私は、月足らずの妊娠8か月で生まれ落ちました。
その当時のことですから、自宅でお産婆さんを頼んでの出産でした。
分娩が近づいたとき、母は産屋となる部屋に入り、
お産婆さんの到着を待ちました。
そこは、家の一番良いとされる奥の部屋でした。
生まれ出た私は、天井までつらぬくような後光に包まれていたそうです。
初めて後光というものを見たけれど、
それは言葉で表せないすごい光だったと、
母はそう言って目を細めました。
後光に包まれたという母の言葉に対しても、
感動するわけでもなく、淡々と受け止めました。
私はもの心つく頃から、自分が特別な存在だと思ったことはありません。
大事に大事に育てられましたが、7人のきょうだいと同じであり、
決して母の愛情を独占したわけでも、
私だけが、神様から目をかけられていたとは思えません。
4 のびのびと育ったのは、神が育ててくれたからなのでしょうか?
ただ、自分で言うのも変ですが、とても天真爛漫な子でした。
表面的には、ごく平凡な少女時代を過ごして、
県立田名部高校を卒業後、地元の信用組合に就職しました。
小さく生まれた子だったのに、のびのびと育ったのは、
母の言うように、神が育ててくれたからなのでしょうか?。
5 オザビエルの願い

著者の木村藤子さんは、信用組合での仕事を終えて、家に帰る途中、
突進してくる、太陽のような美しい光に出会ったそうです。そして、
その光の中心に神の姿をはっきり見たと、この前項で述べられています。
さらに、その日から、道ですれ違う人が、何を悩んでいるか、
わかるようになったと記されています。
そんな娘の変化を察知して、
お母さんは、出生のときの神の言葉をお話しされたのでしょう。。
たいへんな役割を託されて、この世に誕生した木村藤子さんです。
神の片腕として、これまでもたくさんの方を救われたと思います。
最近、テレビで、この方は、神から〇〇の役割を託されたのだろう、
と思うことがしばしばあります。
みなさんも、特別な力はなくても自分はこういう役割を託されたんだと、
気づくことが、きっとあると思います。
出典 『「気づき」の幸せ』 木村 藤子(きむら ふじこ) 発行所 小学館 画像はヤフー検索から

