454 神からの授かりもの「後光に包まれていた」

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パワーフレイズ
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1 今日のパワーメンターと著書

オザビエル

今日は、オザビエル(私)が、

霊能者

木村 藤子(きむら ふじこ)さんの著書

「気づき」の幸せ』から学んだ

幸せへの道のりを進める

パワーフレーズ」をお届けします。

2 「の片腕として使うためである」

「気づき」の幸せ

藤子、聞いてほしいことがあるんだけど、いい?

いつもは明るい母が、けわしい顔で私を呼び止めました。

何かを決意したような表情でした。

 

私の様子がどこか変わったことを、霊能者である母は敏感びんかんに察知した、

いえ、透視したのだと、すぐに分かりました。

なあに、お母さん

私は、努めてじゃに言いました。

お前の結婚を、神様に尋ねたんだけどね、

そしたら、神様に言われたんだよ

 

私は、黙って聞いていました。

すると、母は、神様から次のように言われたというのです。

藤子をこの世に出したのは、片腕かたうでとして使うためである。

気の毒だが、藤子の人生は、藤子の思うようにはならないんだよ

 

そして、私が生まれたときからのことを話し始めました。

3 「この子はが育てるので、心配しなくてよい」

「気づき」の幸せ

私は昭和22(1947)年、青森県田名部(現むつ市)で生まれました。

8人きょうだいの末っ子です。

私の上に7人の子どもがいて、しかも母はとうに40歳を過ぎていました。

 

ですから、率直に言えば、この妊娠は望まれない妊娠だったのです。

産もうか産むまいか、母はさんざん迷ったようです。

迷った末に、母は神様におうかがいを立てました。

私の母、はるは地元ではよく知られた霊能者でした。

神様から特別な力=ごやくを授かっていた訳です。

地域の人々の悩み事の相談にのって、信頼を得ていました。

 

そんな母が、自分や娘のことになると、悩み、苦しみ、一人の女になって神様におうかがいを立てたというのも、ほほえましい気がします。

 

そのとき、神様は母に言ったそうです。

何も案ずることはない。母体のために予定より早く出産させるが、

この子はが育てるので、心配しなくてよい

 

実際に私は、月足らずの妊娠8か月で生まれ落ちました。

その当時のことですから、自宅でおさんさんを頼んでの出産でした。

分娩ぶんべんが近づいたとき、母はうぶとなる部屋に入り、

お産婆さんの到着を待ちました。

そこは、家の一番良いとされる奥の部屋でした。

生まれ出た私は、天井までつらぬくような後光に包まれていたそうです。

 

初めて後光というものを見たけれど、

それは言葉で表せないすごいだったと、

母はそう言って目を細めました。

後光に包まれたという母の言葉に対しても、

感動するわけでもなく、淡々と受け止めました。

私はもの心つく頃から、自分が特別な存在だと思ったことはありません。

 

大事に大事に育てられましたが、7人のきょうだいと同じであり、

決して母の愛情を独占したわけでも、

私だけが、神様から目をかけられていたとは思えません。

4 のびのびと育ったのは、が育ててくれたからなのでしょうか?

「気づき」の幸せ

ただ、自分で言うのも変ですが、とても天真爛漫てんしんらんまんな子でした。

 

表面的には、ごく平凡な少女時代を過ごして、

県立田名部高校を卒業後、地元の信用組合に就職しました。

 

小さく生まれた子だったのに、のびのびと育ったのは、

母の言うように、が育ててくれたからなのでしょうか?。

 オザビエルの願い

オザビエル

著者の木村藤子さんは、信用組合での仕事を終えて、家に帰る途中、

突進してくる、太陽のような美しいに出会ったそうです。そして、

そのの中心にの姿をはっきり見たと、この前項で述べられています。

さらに、その日から、道ですれ違う人が、何を悩んでいるか、

わかるようになったと記されています。

 

そんな娘の変化を察知して、

お母さんは、出生のときのの言葉をお話しされたのでしょう。。

 

たいへんな役割を託されて、この世に誕生した木村藤子さんです。

片腕として、これまでもたくさんの方を救われたと思います。

 

最近、テレビで、この方は、から〇〇の役割を託されたのだろう、

と思うことがしばしばあります。

 

みなさんも、特別な力はなくても自分はこういう役割を託されたんだと、

気づくことが、きっとあると思います。

出典 「気づき」の幸せ』 木村 藤子(きむら ふじこ) 発行所 小学館 画像はヤフー検索から

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