453 ヘビの神様「1990年青森県むつ市のヘビ騒動(ヘビの居場所と見つかる時間を正確に透視)」

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「ボールニシキヘビ」の写真

1 今日のパワーメンターと著書

オザビエル

今日は、オザビエル(私)が、

霊能者

木村 藤子(きむら ふじこ)さんの著書

「気づき」の幸せ』から学んだ

苦しみから解き放たれる

パワーフレーズ」をお届けします。

2 ニビが行方不明になり、探してほしいという依頼が来ました

「気づき」の幸せ

私の地元むつ市内で、ニビが行方不明になり、

探してほしいという依頼が来ました。

 

1990(平成2)年9月のことで、私は43歳になっていました。

 

むつ市の中心部にある百貨店で開いていた『世界のビ・大爬虫類展』の会場から、体長5メートルもあるニビが脱走したのです。

 

毒はもっていないビとはいえ、

子牛や豚を絞め殺すこともあるそうです。

人間を襲うこともないとは言い切れません。

 

行方不明から3日ほど過ぎて、私のところへ、

探してほしいという依頼がありました。

 

関係者の人たちは、考えられる限りの場所を探し、

大変努力している様子が見えます。

 

テレビには、警察の姿に混ざって、

地元の知っている顔ぶれも映っていました。

 

私は、その方々の疲労が激しい様子を見て、

「何とかしてあげたい」と思っていました。

 

そんな中、依頼を受けて透視に入ると、

ビは博覧会はくらんかいの会場だった駐車場から出ていない様子が見えます。

 

頭を上にあげて、いつでもダッシュできる状態も見えていました。

そのビは、一度は近くを流れる川に入ったものの、

水が合わず、陸に再び上がったようです。

 

そのようにお伝えしたのですが、

その後、どうしても見つからないということで、

再び依頼を受けました。

 

そのときには、けの薬でかなり弱っているビが見えました。

 

私は、人まかせにしたままでは、時間がかかりすぎると思い、

相談者を自宅においたまま、主人の車に乗せてもらい、

現場へ急行しました。

そしてライトを消し、駐車場から車を移動させるように関係者に言い、

ビが、周りの物音におびえて動けない状態でいる、

ということを伝えました。

そして夜の10時過ぎ、

その駐車場から離れた田名部たなぶがわにかかる橋のたもとで、

ビが見つかったということは、その後わかりました。

次の日に主人から耳にしたものです。

報道陣がビデオカメラを向けて取材している現場

3 夜の10時過ぎ、川にかかる橋のたもとでビが見つかった

「気づき」の幸せ

次の日、会社に行った主人が、私の方へ電話をよこして言いました。

「おい、大変なことになったぞ」

「ん? 何が?」

と答えると、

「夕べのビが見つかったんだぞ」

と主人。

「ああそう、良かったね」

そして電話を切ろうとすると、主人が、

「お前、まともか? ビが見つかったんだぞ」

と言いました。

 

私はもう見つかって、それで一件落着じゃないかという気持ちがありましたので、淡々とした気持ちになっていました。

「うん、見つかったんだからいいじゃない。

今はもう相談者がたくさんいるから、電話切るね」

 

すると夫はさらに言いました。

「ちょっと待って、電話を切るのか? まともか?」

 

もちろん私はまともです。

見栄みえを張るつもりもなければ、人に見せるものではない、

ということをよく知っております。

ただに近いだけのことだと。

 

淡々とした気持ちで仕事に取りかかろうとしたとき、

「〇〇テレビです。取材をお願いします」

 

見ると、玄関には数社のテレビ局、マスコミ関係の方がいました。

それから、相談者の数も一気に増えました。

4 それから、相談者の数も一気に増えました

「気づき」の幸せ

ある日の相談は、こういうものでした。

「親戚のものが行方不明になった。何とか探してください」

この例の場合、私がおがんでみると、

川でおぼれて亡くなっている姿が見えました。

こんなとき、相談者の気持ちを思いやると、

ありのままを伝えることをためらい、言葉をにごすこともあります。

 

特に子どもを捜しているおやさんには、

真実そのものを伝えるのがつらく、

その場所は伝えても、

「亡くなっている」とはどうしても言えないものです。

 

また、別の日の相談で、

山での行方不明者を捜してほしいというものがありました。

タケノコ採りでした。

相談者の方に、「もう一方の沢にいます」と伝えても、

その場所まで捜索そうさくできずに、1週間った後に

その場所で見つかったときには、とても残念に思いつつ、

意思いし伝達ができなかったむなしさを感じたこともあります。

 

ところで、このビの騒動ふうどうから、

ビの神様」「神様」と呼ばれるようになってしまいました。

自分ではあまり歓迎しない呼ばれ方ですが、

ビを見つけたら「ビの神様」で、

もしライオンを見つけたら「ライオン神様」かしらね!

と、ふざけながら、親しい友としょうしたものです。

 オザビエルの願い

オザビエル

自分の仕事や行いで喜んでくれる人がいれば、嬉しいものです。

ましてや、たくさんの人に喜ばれる人は、神様と呼ばれるに値します。

 

小林正観さんは、「人に喜ばれる存在」なった喜びは、間にとって最大の喜びとおっしゃられています。

 

つらい喜ばれ方もありますが、それぞれの仕事で、人のお役に立てることを、積み重ねていきましょう。

出典 「気づき」の幸せ』 木村 藤子(きむら ふじこ) 発行所 小学館 画像はヤフー検索から

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