37 安岡正篤の無の味と貝原益軒の養生三訓

幸齢者mind
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オザビエル

今日は、オザビエル(私)が、

心理学博士

小林 正観(こばやし せいかん)さんの

『すべてを味方 すべてが味方』から学んだ

実践していきたい

「幸齢者mind」をお届けします。

1 安岡正篤と無の味

すべてを味方 すべてが味方

安岡正篤やすおかまさひろという方は、日本における陽明学の権けん威いで、

終戦の詔しょう書しょの草案そうあんに加か筆ひつするなど政財界に強い影響力を持ち、

「平成へいせい」の元号げんごうを考案したともいわれています。

 

安岡さんによれば、茶ちゃを入れるときは、

なるべくいいお茶を選び、

それをほどよい湯加ゆか減げんで煎せんじることが大事だということはもちろん、

まず、第一煎で茶の中に含まれている糖分、すなわち甘あま味みを出し、

第二煎で苦にが味みを味わい、

そうして最後の第三煎で茶の渋しぶ味みを味わうことだということです。

 

この甘味、苦味、渋味を人間にあてはめると、

人間いい歳をしていつまでも甘いだけではダメで、

苦味がわかり、更に渋味が出てこないといけない。

それを知るのが本当の茶さ道どうというものだ、

と述べています。

 

安岡さんのすごいところはここからです。

 

「しかし甘いとか、苦い、渋いと言っている間は

まだまだ本物ではないのでありまして、

これをもっとつきつめると、

もう甘い、苦い、渋いというようなものではなくなって、

無の味になります。

 

そういうことを詳しく説いておるのが

専ら老荘(老子・荘子)でありまして、

老荘ではこの味の至いたれるものを無味と申しております。

 

それではこの無味の味をもった現実に存するものは何かというと、

いうまでもなく水であります。

 

これを『淡たん』と申します。

淡は火にかけて極めるという意味であります。

甘いとも苦いとも何ともいえない味が

無の味であり、淡であります。

 

論語の『君くん子しの交わりは淡として水の如し』というのは、

単なる水臭いつき合いというような意味ではないのであります。

(中略)

 

そこで、人間がお互いに人生の至れる味をしみじみと話し合う、

というのが茶話さわの本ほん義ぎであります。

夫婦が長い間一緒に苦労をして、

漸ようやく人生の醍だい醐味ごみ、世の中のことや人間の至し極ごくの話を

しんみりとし合えるわけであります」

 

 

「淡々と生きる」という言葉がありますが、

淡という語には、甘味、苦味、渋味を超えた

無味の境地という意味があったというわけです。

 

老夫婦が日なたぼっこをしながら、

人生をふり返り、一服の茶を飲む。

何ておだやかな風景でしょう。

 

「淡」の境地を味わえる「茶飲み友だち」を目指したいものです。

2 貝原益軒の養生三訓

すべてを味方 すべてが味方

江戸時代前期の儒学者で、医学にも通じていた

貝原益軒かいはらえきけんという人が『養よう生じょう訓くん』というものを書いていますが、

この中に養生三訓というのがあります。

 

ひとつ目、身養生。

ふたつ目、心養生。

そして三つ目の養生が何かを知ったときに、

私はいい意味でショックを受けました。

 

「貝原益軒の目のつけどころは、こういうところだったのか……」と。

 

三つ目の養生は〈家〉です。家養生。

 

この三つが揃そろわないと、健康にはならない。

体だけ丈夫であっても、心だけ丈夫であっても……

三つとも全部健康でないと体全体に影響が出るそうです。

どこかがガタガタすると、

必ず他のふたつもガタガタする……。

 

身養生と心養生は「心身ともに」という言い方をしますから、

これはわかります。

 

ところが貝原益軒はもうひとつ、〈家養生〉

「家の中がゴタゴタすると、その人間は絶対に健康にはならない」

と言っているのです。

 

つまり、いつもこの三つを同時に、

穏やかにおさめていけば

健康であるけれども、

ひとつでも暴れ馬がいると

平穏になることはない、

健康になることはない、

ということを言っています。

3 今日の金言  小林 正観さん

何も起こらない日常生活こそ、

幸せそのものであることに気がついた人は、

いつまでも〈幸せの海〉の中に

どっぷりとつかっていられます。

 

人によろこばれたときの〈よろこび〉は、

自分がひとりよろこぶ〈よろこび〉とは

比べられないほどの大きさです。

 

オザビエル

オザビエル(私)も、

人生の醍だい醐味ごみや人間の至し極ごくを学ぶことができました。

 

心身の健康と長寿を保つ養生三訓を

実践していきたいと思います。

出典 『すべてを味方 すべてが味方』 小林 正観(こばやし せいかん) 発行所 三笠書房 画像はヤフー検索から

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