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豊臣秀吉の政治をわかりやすく解説します。
目次
1 秀吉の全国統一
豊臣秀吉(とよとみひでよし)は、尾張(愛知県)中村で、足軽の子として生まれたとされる。幼名は日吉丸(ひよしまる)。
1554年ころから織田信長に仕えた。
1582年 山崎の戦いで明智光秀を討った。(明智光秀の三日天下)
1583年 大阪城を築き始めた。
1585年 朝廷から関白に任ぜられ、1586年朝廷から豊臣の姓を賜った。1591年関白の職をゆずり、太閤(たいこう)になった。
1585年 全国の大名に戦いの中止を求めた(惣無事令)。
1587年 バテレン(宣教師)の国外追放を命じた(バテレン追放令)。
1590年 全国を統一し、戦国の世を終わらせた。
1598年 病死した。
2 秀吉の政策
〇 太閤検地(たいこうけんち)=全国の田畑の面積やよしあしを調べ、収穫量を石高(こくだか)で表した。→年貢を納めることを義務づけるため[1582年~]
〇 刀狩(かたながり)=百姓や寺社から刀・弓・やり・鉄砲などの武器を取り上げた。→ 一揆を防ぐため[刀狩令1588年]
〇 兵農分離(へいのうぶんり)=武士と農民との身分の区別を明確にした。[身分統制令1591年]
〇 朝鮮侵略(ちょうせんしんりゃく)=明の征服を目指し、大軍を朝鮮に派遣した。=文禄の役[1592~93年]、慶長の役[1597~98年]→ 秀吉の死によって撤退した。
さあ、基礎・基本の用語をしっかり覚えましょう。
◎ 基礎・基本の用語
〇 豊臣秀吉(とよとみひでよし)
〇 大阪城(おおさかじょう) → 晩年伏見城(桃山)で過ごした = 安土桃山時代
〇 太閤検地(たいこうけんち)
〇 刀狩(かたながり)
〇 兵農分離(へいのうぶんり)
👉信長は、秀吉のことを手紙で、サルではなくはげ〇〇〇と呼んでいた。 〇〇〇に当てはまる動物名を次から選びなさい。
A イタチ B ネズミ C タヌキ D キツネ
☆ふり返り
◇ ①~⑤に当てはまる言葉を答えなさい。
1 秀吉の全国統一
(①)は、尾張(愛知県)中村で、足軽の子として生まれたとされる。幼名は日吉丸(ひよしまる)。
1583年 (②)城を築き始めた。
↑(①)
2 秀吉の政策
〇 (③)=全国の田畑の面積やよしあしを調べ、収穫量を石高(こくだか)で表した。→年貢を納めることを義務づけるため[1582年~]
〇 (④)=百姓や寺社から刀・弓・やり・鉄砲などの武器を取り上げた。→一揆を防ぐため[1588年]
〇 (⑤)=武士と農民との身分の区別を明確にした。[身分統制令1591年]
💮 答え
① 豊臣秀吉(とよとみひでよし)
② 大阪城(おおさかじょう)
③ 太閤検地(たいこうけんち)
④ 刀狩(かたながり)
⑤ 兵農分離(へいのうぶんり)
👉信長は、秀吉のことを手紙で、サルではなくはげ〇〇〇と呼んでいた。 〇〇〇に当てはまる動物名を次から選びなさい。
A イタチ B ネズミ C タヌキ D キツネ
答え B ネズミ(はげ鼠)
豊臣秀吉は、「鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス」と、一歩一歩着実に積み重ねていく大切さを学んでいます。これで基礎学力バッチリです。