5 大化の改新と律令国家への歩み

中学歴史
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オザビエル
大化の改新と律令国家への歩みをわかりやすく解説します。

1 唐の成立と東アジアの緊張

7世紀の初めに隋がほろび、唐(とう)が中国を統一した。
630年からたびたび唐に使者を送った。= 遣唐使(けんとうし)
→ 唐の制度や文化を取り入れるため
7世紀半ばになると、唐が高こう句く麗りに攻め入り、緊張が高まった。

2 大化の改新

(蘇そ我がの馬うま子こ)- 蝦夷えみし - 入鹿いるか は独断的な政治を行う。
645年 中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)は、中臣鎌足(なかとみのかまたり)らとともに蘇我氏をほろぼし、新しい支配の仕組みを作る改革を始めた。
中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)のイラスト
⇒ 権力を天皇家に集中させようとした。
① 公こう地ち・公こう民みん = 土地や人々を国家が直接支配した。
② 朝廷や地方の組織を改めた。
これらの改革を、「大化」という元号(げんごう)にちなんで、大化の改新(たいかのかいしん)という。

3 白村江の戦いと壬申の乱

朝鮮半島では、新羅しらぎが唐と結んで、百済くだらをほろぼした。
663年 中大兄皇子は、百済の復興を助けようと大軍を送った。→ 大敗した = 白村江の戦い(はくすきのえのたたかい)
中大兄皇子らは、西日本の各地に、山城を築き、唐や新羅の侵攻に備えた。
中大兄皇子は、即位して天智(てんじ)天皇となって、初めて全国の戸籍(こせき)を作るなどした。
天智天皇の死後、あとつぎをめぐる戦いがおこった。= 672年 壬申の乱(じんしんのらん)
壬申の乱に勝って即位した天武(てんむ)天皇は、唐や新羅に負けないための国づくりを目指した。
天武天皇の死後は、その皇后が持統(じとう)天皇として即位し、日本で最初の本格的な都である藤原ふじわら京きょうを完成させた。
オザビエル
さあ、基礎・基本の用語をしっかり覚えましょう。

◎ 基礎・基本の用語

〇 中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)

〇 大化の改新(たいかのかいしん)

〇 白村江の戦い(はくすきのえのたたかい)

〇 天智(てんじ)天皇 =  即位前は  中大兄皇子

〇 壬申の乱(じんしんのらん)

👉中臣鎌足(なかとみのかまたり)はかたまりじゃない!?    

☆ ふり返り

◇ ①~⑤に当てはまる言葉を答えなさい。
 
2 大化の改新
645年 (①)は、中臣鎌足(なかとみのかまたり)らとともに蘇我氏をほろぼし、新しい支配の仕組みを作る改革を始めた。
これらの改革を、「大化」という元号(げんごう)にちなんで、(②)という。
3 白村江の戦いと壬申の乱
663年 中大兄皇子は、百済の復興を助けようと大軍を送った。→ 大敗した = (③)の戦い
中大兄皇子は、即位して(④)天皇となって、初めて全国の戸籍(こせき)を作るなどした。
(④)天皇の死後、あとつぎをめぐる戦いがおこった。= 672年 (⑤)の乱
(⑤)の乱に勝って即位した天武(てんむ)天皇は、唐や新羅に負けないための国づくりを目指した。

💮 答え

① 中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)
 
② 大化の改新(たいかのかいしん)
 
③ 白村江の戦い(はくすきのえ、はくそんこう)
 
④ 天智(てんじ)天皇 
 
⑤ 壬申の乱(じんしんのらん)
 
オザビエル
中大兄皇子は、日本で最初の元号である「大化」を定めました。これで基礎学力バッチリです。
大化の改新
出典 画像 大化の改新  ポプラ社
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